ピアソン記念館は、宣教師として北海道に赴任し、様々な功績を残したピアソン夫妻の私邸です。大正3年に建設され、昭和45年に復元されました。
 夫妻の活動の拠点となっていた、このスイスのシャレー(山小屋)を思わせる建物は、平成13年に北海道遺産に選定されました。

 北見市(旧野付牛町)にあるこのピアソン記念館を語るには、まず所有者であった宣教師夫妻について語らねばならないでしょう。
 頑なに鎖国を守り通してきた日本が1854年に開国して以来、次々と宣教師達が来日するようになりました。ピアソン牧師もその一人です。アメリカ、ニュージャージー州エリザベス市のウエストミンスター長老教会より派遣された彼は、妻と共に当時振興が不十分であった女子教育や、廃娼運動、多くの慈善活動に尽力しました。
 北見では、略註付旧・新約聖書出版、遊廓設置の反対運動に意欲的に取り組み、ついにこれを成功させました。北見では遊廓がつくられることはなく、多くの女性の尊厳を守ることができたのです。夫妻はその献身的でひたむきな人柄ゆえに市民から慕われていました。
 夫妻がここに住むようになったのは一時帰国した後。伝導生活を終えるまでの15年ほどですが、町並みを眺望できる三本の柏の木に囲まれた【みかしわの森】をこよなく愛していたそうです。


[ピアソンの鐘]   [ピアソン夫人のオルガン]

 頭上を覆う緑の天蓋から降り注ぐ木漏れ日は、室内を柔らかに照らします。
 室内にはピアソン夫妻の写真や、夫妻がキリスト教北見教会に寄贈した鐘、夫人のオルガンなどの遺品が展示されています。
 なお、右上写真のオルガンは自由に弾くことができます。オルガンの音を介して、当時に思いを馳せてもいいのではないでしょうか。


 記念館の設計者は、建築家、実業家として名高いウィリアム・メレル・ヴォーリズです。彼は生涯を通じて、教会、学校、個人宅など1600もの作品を残しましたが、ピアソン記念館はその中でも最も北に位置する建築物です。
 ヴォーリズの設計した建築物は当然のことながら古く、耐久性などの問題から解体を余儀なくされるものもでてきています。年数が経てば経つほど、その傾向は著しくなるでしょう。
 ピアソン記念館が北海道遺産に指定されたことで、夫妻の功績と意思、ヴォーリズの作品が後世まで残ることを北見にお住まいの方同様に願っております。



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