■地方記者日記135
未遂事件 |
by大谷地恋太郎 |
自分でも、恐ろしい体験をした。
年を取ってきたのだろうか。
郊外型の書店に入り、雑誌を二冊買った。
カネを払う時だった。
レジに進む時、携帯電話に留守番のメッセージが入っていることを思い出し、電話をかけないと、と思い出した。
その意識が、何となく強かったのだろう。
あやうく、レジを通り過ぎてしまうところだったのだ。
そう、片手に、レジに出す雑誌を持っているのに、持っていることすら忘れたように、そのまま外に出るところだったのだ。
それを止めたくれたのは、店員。
「いらっしゃいませ」
機械的に声をかけただけだろうが、この一言で、僕は我に返った。そうだ、今はレジでカネを払わないとならない。
もう少しで、雑誌を持ったまま、そのまま金を払わずに外に出るかもしれないところだった。
要するに、万引き直前。
「ああ、レジはここだった」
こんな言葉が出てきた。
万一、外に出たところで、店側に取り押さえられたら、万引きとなって、警察署に通報されただろう。そしてその場で逮捕されて、翌日には保釈されたとしても、「エリート新聞記者、万引で逮捕」なんて新聞に出たかもしれない。「エリート」云々はともかく、危ないところだった。こんなたかが数百円の万引きで、会社からは懲戒免職になるかもしれない。懲戒免職なら退職金は出ないし、退職金をあてにしていたマンションのローンも支払うことが出来ない。お先真っ暗なのだ。
自分が怖くなった。
今思い出しても、冷や汗をかく。
冷静に考える。
ボーッとしていたことは確かだ。
夏の暑さで疲れもあるだろう。
しかし、通常の常識を持った人間だったなら、あの場面は、雑誌の金を払うことに、意識を専念して行かねばならないということなのだろうか。
健忘症とか、アルツハイマーとか、さらには認知症とかいう言葉も思い浮かぶが、こんな経験初めてだ。
よく新聞や雑誌で、エリート社員や会社幹部が万引きした、とあるのは、こういう状態でのことなのだろうか。
ただ、強いて言うなら、店側が声をかけた時点で、我に振り返ったことだろう。考え事をしている時というのは、怖い行動に結果としてなってしまうことを、強烈に認識した。
確かに、考え事をしていると、周囲の風景を気にしなくなる。知り合いに声をかけられても、全然認識していないし、分かっていない。
外を歩く時、車を運転する時、やはり専念しなくてはならないのは、そのことに集中するということなのだろうか。
やれやれ、もしかして、本当になったら、僕は会社をクビになります。
ほんとーに怖かった。夏の怖い話でした。
|
(続き)
|