大谷地恋太郎の地方記者日記

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作者紹介
ペンネーム:大谷地恋太郎
日本各地を転々とする覆面記者。
取材中に遭遇した出来事や感じた事を時に優しく、時に厳しくご紹介します。

(以下は大谷地氏とは関係ありません)

元木 省吾(1892-1973)
香川県生まれ。1904年(明治37)家族とともに函館へ渡る。永年教職を勤め、最後の赴任地であり母校でもある函館中学校を退職後は1952年(昭和27)に市立図書館長に就任。「函館市史」編さん審議委員会委員を務めるなど社会教育事業に貢献した。他にも精力的に函館の歴史の研究に着手、重要な資料を数多く残した。北海道教育功績者、函館市功労者等。著書多数。

■地方記者日記135
 未遂事件
by大谷地恋太郎

 自分でも、恐ろしい体験をした。
 年を取ってきたのだろうか。
 郊外型の書店に入り、雑誌を二冊買った。
 カネを払う時だった。
 レジに進む時、携帯電話に留守番のメッセージが入っていることを思い出し、電話をかけないと、と思い出した。
 その意識が、何となく強かったのだろう。
 あやうく、レジを通り過ぎてしまうところだったのだ。
 そう、片手に、レジに出す雑誌を持っているのに、持っていることすら忘れたように、そのまま外に出るところだったのだ。
 それを止めたくれたのは、店員。
 「いらっしゃいませ」
 機械的に声をかけただけだろうが、この一言で、僕は我に返った。そうだ、今はレジでカネを払わないとならない。
 もう少しで、雑誌を持ったまま、そのまま金を払わずに外に出るかもしれないところだった。
 要するに、万引き直前。
 「ああ、レジはここだった」
 こんな言葉が出てきた。
 万一、外に出たところで、店側に取り押さえられたら、万引きとなって、警察署に通報されただろう。そしてその場で逮捕されて、翌日には保釈されたとしても、「エリート新聞記者、万引で逮捕」なんて新聞に出たかもしれない。「エリート」云々はともかく、危ないところだった。こんなたかが数百円の万引きで、会社からは懲戒免職になるかもしれない。懲戒免職なら退職金は出ないし、退職金をあてにしていたマンションのローンも支払うことが出来ない。お先真っ暗なのだ。
 自分が怖くなった。
 今思い出しても、冷や汗をかく。
 冷静に考える。
 ボーッとしていたことは確かだ。
 夏の暑さで疲れもあるだろう。
 しかし、通常の常識を持った人間だったなら、あの場面は、雑誌の金を払うことに、意識を専念して行かねばならないということなのだろうか。
 健忘症とか、アルツハイマーとか、さらには認知症とかいう言葉も思い浮かぶが、こんな経験初めてだ。
 よく新聞や雑誌で、エリート社員や会社幹部が万引きした、とあるのは、こういう状態でのことなのだろうか。
 ただ、強いて言うなら、店側が声をかけた時点で、我に振り返ったことだろう。考え事をしている時というのは、怖い行動に結果としてなってしまうことを、強烈に認識した。
 確かに、考え事をしていると、周囲の風景を気にしなくなる。知り合いに声をかけられても、全然認識していないし、分かっていない。
 外を歩く時、車を運転する時、やはり専念しなくてはならないのは、そのことに集中するということなのだろうか。
 やれやれ、もしかして、本当になったら、僕は会社をクビになります。
 ほんとーに怖かった。夏の怖い話でした。

(続き)



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