大谷地恋太郎の地方記者日記

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作者紹介
ペンネーム:大谷地恋太郎
日本各地を転々とする覆面記者。
取材中に遭遇した出来事や感じた事を時に優しく、時に厳しくご紹介します。

(以下は大谷地氏とは関係ありません)

松村 松年(1872-1960)
兵庫県明石市生まれ。1888年(明治21)札幌農学校に入学し昆虫学を学ぶ。1896年(明治29)札幌農学校助教授に、1902年(明治35)には札幌農学校教授となる。日本に生息する昆虫の命名法(和名)の創案や、『日本昆虫学』を執筆する等して日本の近代昆虫学の発展に貢献した。また日本を中心としたアジア各地から昆虫標本を採集し、数十万点と言われる『松村コレクション』を残した。

■地方記者日記140
 坂道
by大谷地恋太郎

 有名な温泉街を出張する機会があった。出張、イコール、宿泊。楽しみな取材となるはずだった。車には取材道具のほか、着替えやウオーキングの道具まで乗せて、その温泉街に向かった。
 泊まったのは、通常のホテルや旅館を避けて、コンドミニアムと呼ばれるマンション形式の建物だった。簡単なキッチンまで付いていて、ちょっと広いワンルームマンション。しかもベッドは壁に立てかけて収納するタイプで、収納してしまえば、部屋が広々としている。
 建物には専用の温泉施設が併設されていて、宿泊客だけ二十四時間利用できた。かけ流しのホンモノの温泉だ。
 料金もそんなに高くなかった。通常の温泉街だと一泊で一万五千円から二万円、否、それ以上する宿泊もあるが、このコンドミニアムは、自分で食材を持ち込んで調理してもいい、コンビニの弁当を持ち込んで食ってもよかった。
 で、温泉街というのは、多くが山間にあって、街は坂道が多い。
 それを見越して、時間があれば、早朝のウオーキングもしてみたいと思って、道具も持ち込んだのだった。
 で、初日は雨で、外を散歩することは出来なかった。
 翌朝だった。太陽の光が差し込んでくるではないか。
 よし、と思って、ウインドウブレーカーに着替えて、シューズを履いて、散歩に出た。
 専用の森林浴コースをまずは歩いて、次に、市街地を一周することにした。
 温泉市街地特有の坂道だ。次第に息切れがしていく。
 ふー。一番高い場所にあった温泉センターの交差点を曲がって、中心街の道路に入っていく。道路の排水溝からは湯煙が出ている。いいねえ、温泉街だねえ。こんなことを思いつつ、すたすたと歩いた。
 一時間半。
 気持ちいいなあ。
 歩いた後、コンドミニアムに戻って温泉に入った。
 かけ流しの湯が、疲れを癒してくれると思った。
 落ち着いてから、今度は取材に出た。
 車は使わず、ウオーキングしたコースとほぼ同じコースを回って、写真撮影などをしていた。
 これがいけなかった。
 ウオーキングの時は、ジョギング専用のシューズを履いたが、取材時には通常の靴を履いた。安物で、しかも中敷きが足の形にフィットしておらず、坂道を上る時も降りる時も、足が踏ん張れない。踏ん張れないから、普段使わない筋肉に力が入る。これが翌日、筋肉痛として発症してしまうのだから、完全に無防備だった。
 取材が終わって、夕方また温泉に入った。
 たまには、飲みに出ようと思い、温泉街の中心地にある焼鳥屋まで歩いて出た。そんなにうまくない焼き鳥を肴に、ビールを飲んでいると雨が降ってきた。山間地特有の天気が変わりやすいことを象徴する雨だ。
 本格的な降りになってしまい、やれやれと思いつつ、ジャンパーを頭の上からすっぽりかぶり、まるで容疑者の連行のような格好をして、コンドミニアムに急いだ。
 これも悪かった。昼と同じ靴で、中敷きが足の形に合っていないから、無理をしたらしい。
 雨でずぶぬれになったため、再び温泉に入って、缶ビールを飲んだ。
 問題は翌朝だった。
 温泉に行こうとして、体がしっくりしていない。
 立ち上がって歩こうとして、左右臀部、要するに尻の頂上の部分が張っているのだ。以前書いたが、座骨神経痛になった右臀部下の張りがあった部分より十センチ上で、しかも左右に張りがある。
 ああ、そうか。前日の歩行のうち、通常の靴を履いて、傾斜のある坂道を無理して歩いたからなのだろう。無理な歩き方が、尻を痛めたのだ。
 歩こうとすると、尻に張りが出て、通常の歩きが出来ない。年寄の歩き方になっている。
 最近は、自分の足の形に合わせた靴選びが紹介されているが、金をかけてきちんとしたインソールを作ってもらった靴が一番いいのだ。ケチケチしていると、こんな結果になるのだ。
 歩くのはいいが、無理した歩き方はしない方がいい。
 せっかく温泉で、肌はツルツルになった、と同僚に自慢したかったが、それも控えなくては。温泉街でケツが痛くなった、なんて、だれにもいえない。

(続き)



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