■地方記者日記33
サッカーと野球 |
by大谷地恋太郎 |
ここ十年間のサッカー熱の高まりは、ものすごい。
Jリーグが発足し、日本でサッカーのクラブチームが次第に増えて、これまで社会人サッカーという名の、企業宣伝サッカーから、欧州並みのサッカークラブに近づいて行っているのは、サッカーファンとしてうれしく思う。クラブチームもサッカーの周辺人口を増やそうと、サテライトチームやユースチームの育成に力を入れており、日本のサッカーも次第に世界の実力に近づいている、という期待がある。
今季からはJリーグのチームも二つ増えて、J1、J2のチームが全国各地で争う試合が続いている。
一方ではドイツで来年開かれるサッカーワールドカップの予選を、ジーコ・ジャパンが突破したことで、サッカーファンはさらに増えているのも事実だ。
Jリーグの発足時の理念が、成功を収めつつあるのだろう。
逆に心配なのが、野球だろう。日本人にとって、王や長嶋といったスターが戦後日本の復興に元気印を与えたのは間違いのない事実だが、一方で衰退の兆しがあるのも、紛れない現実なのだ。昨年の楽天算入問題で、古いプロ野球の体質が露呈し、ファン離れが続いたし、巨人一辺倒のプロ野球のやり方に、野球から離れるファンも少なからずいた。
野球離れに危機感を持っているのは、何もミスタージャイアンツこと長嶋氏ばかりではない。
そう、実は新聞社やテレビ局が一番の危機感を持っているのだ。
たとえば、高校野球。
夏の甲子園大会を目指して、地方の県大会、北海道では南北の大会が始まる。各新聞社の地方版の紙面は、その高校野球で完全に埋まっていく。高校野球を紙面で扱うことで、部数維持にも役立っているのだ。
だからこそ、各新聞社は夏が来ると、若い記者を中心に野球の取材のノウハウを研修し、スコアブックの書き方、野球の見方を指導してきた。野球に全然興味のなかった女の子が、いつの間にかルールも覚えるようになるのもこのためだ。
地方大会では、各社、担当の責任者、多くは二年目の記者を専属で付けさせて、地方大会が終わって甲子園代表校に同行する。話がそれるが、こうして毎日のように高校球児らと接していくいくうちに感情移入され、そのナインのファンになったりする。ファンになっただけならいいが、そのまま男と女の関係になったりしたケースもあるから怖い。ある新聞社の写真部の壁に、女性記者と高校球児のにゃんにゃん写真が貼られていた、という有名な事件も以前、業界で有名になった。あの時はまだネガフィルムの時代で、自分のカメラで撮影したエッチ写真のネガを、そのまま写真部の暗室のアルバイトに手渡してしまい、現像を依頼したために発覚した。
閑話休題。
こうして手塩にかけて野球を取材できる記者を育てるのは、高校野球が新聞の商品価値を高めて、売れる、と判断しているからだ。
だから野球離れが加速するのが、新聞社には怖い。野球よりサッカーに商品価値が出てくることを、実は恐れているのだ。
しかも、野球と違って、サッカーの取材は難しい。
野球の場合、スコアブックに記入していくのは、数字の記号、アルファベットだけで、見事に数値化されている。だからスコアブックを見るだけで、ある程度の試合内容が類推できる。
しかしサッカーはそうはいかない。選手一人一人の動きが全部違っていて、しかも野球と違って三次元で動くスポーツだから、スコアブックに記入することも出来ない。
つまり取材する記者にとって、選手の動きと球の動きを追って記憶するだけで記事を書かなくてはならないのだ。
つまり簡単にサッカー取材のノウハウを、若い記者に伝授することが出来ないのだ。
だから、いつまでたっても、野球の取材は出来るが、サッカーの取材は出来ない、という記者が多い。新聞社の体質だ。
新聞社の本社でスポーツを扱う運動部では、Jリーグ発足直後、野球派とサッカー派が出来て対立した時期があった。それだけ、日本にとって、歴史も次元も違うタイプのスポーツなのだ。
一方のテレビは、サッカーとプロ野球の放映権の方法が違っていて、こちらも混乱している。
しかも人気の低迷で、プロ野球巨人の視聴率が上がらない事実を、単に「弱いから」と理由づけているオーナーも問題がある。強いから人気が出るのは事実だが、根底にプロ野球離れがある事実を直視していない。
これから先、どうなるか分からないが、サッカー熱は益々高まっていくのだろう。
その時、野球熱の衰退に歯止めがかかっていればいいが、と思っているのだが、どうしたらよいのか、私にも分かっていない。
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(続き)
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