大谷地恋太郎の地方記者日記

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作者紹介
ペンネーム:大谷地恋太郎
日本各地を転々とする覆面記者。
取材中に遭遇した出来事や感じた事を時に優しく、時に厳しくご紹介します。

(以下は大谷地氏とは関係ありません)

長谷川 淑夫(1871-1942)
新潟県佐渡生まれ。中学の英語教師を経て1902年(明治35)渡道。函館・北海新聞の主筆となる。3年後には函館区会議員に当選。告発により北海新聞発行禁止となるもその後函館新聞をおこし、社長兼主筆となる。1925年(大正14)、函館市より功労者として表彰された。

■地方記者日記55
 トラブル
by大谷地恋太郎

 とんだ災難だった。
 取材に出て、支局に戻って驚いた。仕事場の事務所の床の上に、あたり一面に灯油がこぼれているではないか。
 最初は泥棒が入ったのか、と思ったほど、灯油がかけられているように見えた。
 否、そうではなかった。
 灯油ストーブの灯油がこぼれていたのだ。
 それもストーブの中に入れたタンクから漏れていたのではなかった。
 その横に置いたポリタンクの中から灯油が漏れていて、満タンだったポリタンクが空になっていた。
 原因はすぐ分かった。
 電動ポンプのスイッチが入ったままになっていて、そのポンプのパイプの先から灯油が漏れていたのだ。
 最近の電動ポンプはセンサーが付いていて、タンクが満タンになると自動的にストップしてくれる。
 しかし、ポリタンクに突っ込んだまま、そのまま外していたからたまらない。事務所の床に、ポリタンク18リットルの灯油が全部漏れていたのだ。
 事務所は灯油でびしょびしょ。しかも灯油くさい。
 最初はたじろいだが、仕方ない。とにかく灯油を拭かないと。
 吸収できるようにと、古新聞を床に敷いてみたが、灯油の量が多すぎて役に立たない。しかも新聞が灯油にぬれて、滑りやすくなった。何回かスリップして転倒しそうになった。
 火災の危険がある、と判断した私は、仕方なく119番通報した。
 しかし火災ではない、と言われて、消防の別の部署に電話するように言われた。
 電話で理由を述べて、灯油の処理をしてほしい、と頼んだ。
 すると間もなく三人の消防署員が来て、おがくずを事務所にまき始めた。灯油を吸収させるためだ。そしてしばらくして、ほうきでおがくずをさっと取り除きだした。
 危機は脱して、消防署員は帰っていった。お礼を述べて、ホッとしたところで、わが支局の事務所を改めて見た。
 おがくずが事務所に至るところでゴミのように散らばっていた。
 これを掃除しないと、と思い、掃除を始めた。洗剤をまいて雑巾で床を拭いた。そして掃除機でおがくずを取っていった。灯油のにおいが部屋中するために、窓を開けての掃除だった。履いていたジーパンがおがくずだらけになっていた。灯油のにおいもする。
 既に夜になっていて、外の寒気が部屋に入ってくる。
 寒いのと、灯油のにおいで、ドッと疲れてくる。
 しかし、休んではいられない。
 ここで掃除をさぼったら、明日からの仕事が出来なくなる。
 床に置いていたパソコンなどの電子機器類の電源コードやアダプタなども灯油に浸かってしまい、使い物にならなかった。
 乾かせば使えると言われたが、火災が怖い。
 灯油は摂氏40度以上になると発火する危険性があると言われ、この夜と翌日は灯油が乾くまでストーブも使えない。
 床掃除を続行し、とにかく翌日からの仕事が出来る状態にした。
 翌日は大型店に行って、におい消しのスプレータイプの薬を買ってきた。事務所でシューとまいて、においをごまかすことにした。窓を開けて、外の空気を入れた。寒くて仕方ないが、仕方ない。我慢するしかない、と言い聞かせた。
 にしても、なぜ灯油が溢れたのか。
 電動ポンプをポリタンクに差し込んだ時、ポンプは作動していなかった。だから安心して取材にそのまま出かけた。
 それがいつの間にか作動して、ポリタンクの灯油を床にまいてしまった。ポンプが原因なのか。それとも私の過失なのか。
 こんなことを考えると疲れてきた。
 そしてもう終わったこと、灯油で済んだからよかった、と考え直すようにした。
 これがガソリンだったら、いつ火災になってもおかしくない。不幸中の幸いだった。
 とんだトラブルのせいで、まる二日間、仕事にならなかった。
 一人で勤務していると、こういうトラブルが一番困る。だれも手伝ってくれない。
 寒気の中、とても寒い日の体験でした。

(続き)



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