[モンテローザ第2エリアへ潜入]
凱旋門まで戻った我々は、門から道路を挟んで反対側右手見える寺らしき建物の方向へと行ってみる。これは特に変わった特徴もない。
更に奥へと歩みを進めると、古びたプレハブ小屋に「御土産」という文字が確認出来る。きっとモンテローザ最中やモンテローザ饅頭が売られていたに違いない。
その横を歩いていくと、既に水の枯れてしまった手水舎、そして「繖山(きぬがさやま)恵龍王子大観世音菩薩」という名の黄金菩薩像があった。かなりの大きさなのだが、涅槃像を見た後なのでさほど感動はない。菩薩像の手前には「十二支御守本尊」という名の仏像が8体置かれていた。
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菩薩像の横からはニセ金閣寺『金龍閣』へ続く階段が伸びていた。道標に沿って階段を下っていくと金閣寺そっくりの建物が見えて来た。『金龍閣』である。
金箔で覆われてはいないのでどちらかというと銀閣という感じでもある。扉に鍵がかかっており内部を見る事は出来なかった。
金龍閣から更に下った所には赤い太鼓橋が。しかし渡るには危険な状態だった。
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[その後のモンテローザ]
1998年に完全閉鎖されただが、2000年11月に町が土地約300ha、温泉源、涅槃像、ホテル、ログハウス等を約2億円で買収した。その後の乱開発を防ぐ為、というのが主な理由らしいが、差し詰め某カルト宗教団体が信者の集団移転先として買収するという噂が流れた為やむなく押さえた、というのが真相だろう。
町では「涅槃像」をはじめとする建造物の民間への売却を模索したが、撤去に1000万円以上もの費用がかかる事や宗教的、或いは景観的な問題もあり売却は難航。しかし2001年11月にようやく大阪の会社が「涅槃像」と「凱旋門」を約3000万円で落札、近々和歌山県に移設されるという。
[さいごに]
による種々の被害額は莫大な額にのぼるという。だがバブル景気に煽られたあまりにも短絡的な計画であった事は明白であり、言い換えれば自業自得と言う気もしないでもない。下北半島の恐山の妹山にあたり心霊スポットとしても有名な恵山に宗教的な観光スポットを作ろうというその意図は解らないでもない。だが、無秩序に建てられた仏像や建造物からは凡そ宗教的な高い理念などは感じられない。この施設で採算が取れると本気で思っていたのだろうか・・首をひねるばかりである。
バブルの時代には全道各地で無数のリゾート開発が計画されたが,実行に移されたものはごく一部である。
此処はごく一部ながらも計画が実行に移されてしまった不運な、しかし逆の意味では幸運な例であると言えよう。バブルというものは実に人の思考能力を狂わせる「魔物」である。
それにしても・・美しい自然と山海に恵まれた恵山町にこんなものを作り経営破綻したら放ったらかしとはどういう事なのか。こんなものに金を融資する方も明らかにどうかしている・・と呆れる程の思いを胸に我々はを後にした。
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